87話 歯はどこに並べれば良いか
歯列の両側は頬っぺた、前方には唇がある。内側は舌です。
いづれも筋肉のかたまりであり、歯列は常に内から外からの圧力にさらされています。
これに咬合力が加わります。この様な環境にあって、歯列はなるべく居心地のいいところ、すなわち、力の中立地帯、ニュートラルゾーンに位置どりしようとします。歯列はこうしたバランスの中に存在しているのです。
では、バランスが崩れるとどうなるか考えてみましょう。
一本の歯が後天的に失われたケースを示します。
【初診】
15才 男性
なぜ前歯を抜いたのか、それ以前はどういう歯並びであったかは不明です。
抜いた後、徐々にずれてきたとのことでした。
検査資料を分析して診断をたてます。
上顎のみマルチブラケット装置を装着し治療をはじめます。
【治療後】
治療期間 16カ月
矯正治療で歯を移動させる場合、どこに歯を配置すればいいでしょうか。
歯列はバランスの中に存在することは前に述べました。本症例の様に一本の歯が失われてもバランスが崩れて歯並びに影響しました。そう、歯は圧力の中立地帯に配列するのが理想的です。
矯正治療を必要とするような状況は、そもそもアンバランスな状態にあります。
このアンバランスをバランスへと誘導するのが矯正治療なのです。
従って、正しい診断のもとに必要があれば歯を抜くこともあります。
その真逆が歯列拡大による非抜歯治療です。 過度な歯列拡大は、歯列を舌から遠ざけ、頬に近づけます。このこと自体、ニュートラルゾーンからの離脱を意味しています。無理やり非抜歯で治療できたとしても、治療しているつもりが、もっとアンバランスにしているのです。
非抜歯をアピールするあまり、常識とはほど遠い治療が行われている代表例です。
科学的根拠のない治療方法は矯正歯科の分野にも存在しますので、これから矯正治療を受けようとする人、子どもを持つ親は気を付けた方が良いでしょう。