86話 顎が発達しない?
「今の子どもは柔らかいものを食べているから顎が発達しない、だから凸凹がある」
はたして本当だろうか。凸凹の原因が柔らかい食事による顎の未発達であるとするのは早計ではないのか。早計(そうけい)とは「早まった考え」「軽率な考え」を表す言葉だ、軽率な考えか。
①今の子ども
今どきの子とか、今の若いものは云々などは使い古された日常語。
今とはいつで、どの年齢を指しているるか漠然としていてわからない。
②柔らかいものを食べている
日本の普通の家庭の食卓には、何やら柔らかい物が上がっているのだろうか。
意味不明。
③顎が発達しない
まず、発達を定義します。ここでは大きくなるという意味で使っているのでしょう。
顎の大小はノギスで計測すればわかるので、数値を示してもらいたい。
④だから凸凹がある
歯列に凸凹が出現する原因は他にもある。そのことを無視している。
「今の子どもは柔らかいものを食べているから顎が発達しない。だから凸凹がある」
なるほど、耳にはスッと入ってきます。しかし非常に曖昧で根拠がひとつも示されていないことがわかりましたか。
【初診】
10才 女性
硬いものを食べると顎がの発達するのでしょうか。
【永久歯の萌出】
14才
永久歯の萌出を待ちました。
検査資料を分析して診断をたてます。
模型分析をしたところ、本症例の顎の大きさは、幅径・長径とも平均値でした。
顎の発達は正常である証拠です。凸凹の原因は歯のサイズが少し大きいことでした。一本の歯では少しのサイズアップでも全体の総和としては、顎におさまりきれずに凸凹になったということです。
顎の大きさに問題はないので、顎の拡大の必要はありません。小臼歯の抜歯が必要です。
【治療後】
マルチブラケット装置を外して、保定に移行します。
ヒトの食事は母乳から離乳食へ移行し、徐々に大人と同じ食べ物になっていくのが通常の過程です。私たちは日本に流通する食材で調理された物を食べて育ちます。不正咬合は顎の発達不良で起こるという考えがあると、顎の発達のため、歯ごたえのあるものを食べなさいとか、咬む回数を増やしなさいなどと発言するようになります。
もちろん咬まないより咬んだ方がいいに決まっていますが、ことさら意識する必要はく、普通通りでいいと思います。こんな事を言うと、昔は根菜類などの歯ごたえのあるものが多く、現代はハンバーグやパンなど云々と言う人がでてきます。
では昔とはいつの時代を指しているのでしょうか。
私の父は昭和5年生まれ、私は昭和37年生まれ、息子は平成生まれです。この三世代の食卓に大きな変化はありません。
では、もっとさかのぼりましょう。
聖徳太子:西暦574年生まれ(推古天皇の時代)、いまから1400年前にあたる。
織田信長:西暦1534年生まれ(天分3年)、いまから480年前にあたる。
坂本龍馬:西暦1836年生まれ(天保6年)、いまから180年前にあたる。
いずれも肖像画と写真で顔を知ることができ、骨格のつくりが想像できます。当時の食事がどういったものであったかは専門書に譲りますが、彼らの顔は現代の私たちと何も変わりません。
写真一枚がその時代の全て反映しているとは思いませんが、それぞれの時代には多様な顔つきの人がいます。当然、不正咬合とそうでない人がいることは、現在の私たちの身の回りと照らし合わせても容易に想像がつきます。けして食性の硬軟だけが歯並び・嚙み合わせに影響するわけではありません。
お母さんの中には、自分の与えてきた食事に問題があったのではないかと、罪の意識を持つ人もいますが、今日から、もう不安になる必要はありません。
「今の子どもは柔らかいものを食べているから顎が発達しない。だから凸凹がある」
あなたが歯科医師にこう言われたとしても、笑って無視をしていればいいでしょう。
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