83話 下顎真下、上ぶどう
乳歯とこれから生えてくる永久歯の位置関係について知る事は重要です。
下顎の骨は大腿骨と同じ長管骨に分類されます。下顎骨は一本の骨がアーチ状になったと考えて良いでしょう。構造はシンプルで、下顎の永久歯は乳歯の真下に位置取りします。
上顎は複数の骨がパズルのように縫合で連結されています。
また、鼻との関係性を有し、副鼻腔、上顎洞などの空間もあり構造はきわめて複雑です。おのずと後続永久歯は限られた場所に位置取りすることになります。
その待機場所が独特なため、レントゲン画像上では混み合ったように写ります。
私は「ぶどうの房のように写る」という表現をしています。
このような上顎の永久歯であっても、先行する所定の乳歯方向に生えて行きます。
乳歯と永久歯の位置関係の覚え方、「下顎真下、上ぶどう」。
次の画像で知識の確認をしてください。
ある日、かかりつけの歯科医師から次のように言われたらどうでしょうか。
あなたのお子さんのレントゲンです。
顎の中で永久歯が重なり合っています。
これは顎が狭いからです。
将来凸凹になる。
今すぐに顎を拡げる必要があります。
ほとんどの親は動揺します。
先生に勧められるままに、顎を拡げる子どもが出てきても不思議ではありません。
レントゲン画像(以下、レ画像)の見え方は先に説明しました。
にもかかわらず、この先生は重なり合っているのは顎が狭いからと結論づけ、不安をあおっています。
では、本当に凸凹になるのでしょうか。
冒頭に示したレ画像の症例を、経年的資料を通して検証してみましょう。
【初診】
7才 女子
反対咬合を気にして当院に来院しました。
反対咬合の治療方法は過去に多く掲載していますので、ここでは簡単にふれる程度とし、今回は歯の生え方とレ画像との関係を中心に述べます。
前出の歯科医師が言うように、レ画像上の永久歯の混み合みあいは、上顎の狭さのせいでしょうか。
では、狭さについて考えてみましょう。
初診時左右の臼歯部に注目してください。本症例は左右ともにきちんと咬んでいます。
参考として別の症例を示します。
拡大が必要なほど狭いのであれば、上顎臼歯部は内側に入っているはずです。
写真1では、向かって左側の上顎臼歯部が内側に入っています。
写真1
本症例の初診時臼歯部と比べてください。本症例はどこにも狭さは見当たりません。
レ画像では顎の狭さを論ずることはできないことを知っておいて下さい。ここ重要です。
【反対咬合の改善】
検査資料を精査したところ、本症例の反対咬合は上顎の前歯が内側に傾斜したことが原因でした。
(参照:44話 一本の歯が引き起こす問題)
ワイヤーで上顎の前歯の傾斜角度を修正しました。
8才
この後は観察に移行します。
観察中はむし歯予防、永久歯の萌出、顎の成長など診ます。
【観察】
永久歯が生えそろいました。
先生に言われたことを思い出してください。
「あなたのお子さんのレントゲンです。永久歯が重なり合っています。これは顎が狭いからです。将来凸凹になる。今すぐに顎を拡げる必要があります」
はたして、どうなったでしょうか。
レ画像で重なり合っていた永久歯(犬歯・第一小臼歯・第二小臼歯)はきちんと生えています。
19才
この段階でもう一度検査・診断をして第二段階の治療をします。
非抜歯でマルチブラケット治療を開始します。
尚、本症例のように19才まで待つ必要はありません。女子では中学2、3生くらいで始められます。
【レントゲン画像の比較】
重なり合っていた犬歯、第一小臼歯、第二小臼歯はきちんと生えてきました。
初診(冒頭と同じ) 7才
永久歯の萌出 19才
【永久歯の治療後】
治療期間 12か月
マルチブラケット装置を外して保定に移行します。
冒頭の先生は、なぜ、レ画像上の重なり合いと顎の狭さを関連づけたのでしょうか。
これは、ある矯正セミナーを受講した歯科医師に見られる典型的な特徴です。
彼らは不正咬合の種類や原因に関係なく歯列を拡大します。いや、正常な歯列であっても拡大します。彼らにとって拡大こそ治療なのです。その拡大の理由づけとして、重なり合うレ画像は、親をだますかっこうのアイテムなのです。
ついでながら、もう一つの特徴は早期治療です。オムツがとれたばかり低年齢児に対しても歯列の拡大を勧めます。
あなたのお子さんのレントゲンです。
顎の中で永久歯が重なり合っています。
これは顎が狭いからです。
将来凸凹になる。
今すぐに顎を拡げる必要があります。
しかし、私たちはもう知っています。レントゲン画像では、「下顎真下、上ぶどう」に見えることを。
怪しい矯正治療には注意しましょう。
参考記事