72話 信仰か、治療か
適切な時期に、適切な治療を施すのが矯正歯科のセオリーです。
しかしながら、極端な早期治療や間違った治療が行われているのも事実です。
親として知っておいた方が良いことがあります。
【症例1】
【症例2】
写真は、歯列の凸凹を気にして、矯正相談のため来院されました。
私は、この歯並びは今のところ何も悪さをしていない、今は何の治療も必要がない、観察でいいと説明しました。はじめは、心配顔のお母さんも、矯正相談が終わる頃には笑顔になり、安心感を持っていただけます。
実際のところ、小さな子を観察にすると、それっきりで再来はほとんどありません。
観察にすると、歯科医院はお金にならないのです。
そこで、なんとか装置を入れようと考える歯科医師がいても不思議ではありません。
とりあえず、床矯正装置や拡大装置を入れておけば、現金化できるのも事実です。
そんな悪徳な歯科医師に巡り合わないとも限りません。
自分の子どもを守るには、親が賢くなる必要があります。
掲載の写真とは関係ありませんが、私のところに、セカンドオピニオンで来院した親子の例を紹介します。ある歯科医院で、顎が狭いとの理由で(実際には狭くない)、矯正治療を勧められたので診てほしいとのことでした。
お話を伺ったところ、レントゲン写真を見せられて、上顎が狭いので、歯並びや呼吸に影響がでている、顎を拡大し、将来にそなえる必要がある、急速拡大装置の使用を勧められたと言うのです。
私の判断は、現在の歯列に凸凹はなく、顎が狭いという兆候もない。将来の歯並びは、その時点で検討し、必要に応じ対応すればいいというものです。
はたして、この子の年齢はいくつだと思いますか。
5才と3才の姉弟です。こんな小さな子どもに、必要のない矯正治療を勧める行為はあまりにも悪質です。
お母さんの機転でこの子は難を逃れましたが、仮に、この子の様に狭くない正常な顎を拡大したとします。どういう事が起きるか、シミュレーションしてみましょう。
現在、上下の歯はちゃんと咬んでいます。
拡大の結果、上顎の歯列は横に拡がり、下顎の歯と咬まなくなります。
そこで、下顎にも拡大装置を入れるのですが、これがいけない。
下顎骨は解剖学的に拡大は不可能です。一見拡大したかに見えても、それは歯が外側に傾斜しただけの状態です。家の基礎はそのままで、柱が外に傾いたようなもので非常に不安定です。
最もダメなのは、急速拡大装置を狭くない正常な顎に使用することです。鼻の通りが良くなるのを通り越して、鼻の形が横に拡がったり、顔が平たい感じになることがあります。もはや治療といえる代物ではありません。 ここまでは子どもの話し。
永久歯列の矯正治療のケースを考えてみましょう。
ことさら非抜歯を推奨する場合は、歯列の拡大で対応します。狭くないのに拡大します。凸凹が解消されるまで、徹底的に拡大します。当然、歯は外側に傾斜して、頬っぺたは膨らみ、口元は突出してくるので、歯、歯列、顎、顔面の調和は乱れます。
では、なぜこの様なことが、まかり通っているのでしょうか。
矯正治療の経験がない歯科医師が、セミナーや講習会を受けただけで未熟のまま手を出すからです。先生は治療をしている気分になっているので、被害が拡大します。
ある日、仲間の日本矯正歯科学会認定医との集まりがあった時、私と同様の経験をもつ先生が複数いました。どうやら、あるセミナーを受講した人達が、一様に先に挙げたような、悪質な治療方法とるようです。私たち矯正歯科認定医からみると、間違った方法、無謀な行為なのですがそのグループ内では標準的であるようです。もはや信仰に近いといっていいでしょう。
彼らが多用するキーワードを挙げておきます。
「顎が狭い」「将来凸凹になる」「早いほうがい」 「急速拡大装置」 「下顎の拡大」「呼吸が」「姿勢が」「非抜歯のため拡大」
この時、レントゲン写真を使います。説明が上手いので心にスッと入ってきます。
取り返しがつかなくならないよう、十分にお気を付けください。