46話 歯を抜かない矯正治療
矯正治療には二通りあります。
歯を抜く必要のない症例(非抜歯症例)と抜く必要のある症例(抜歯症例)です。前者を「抜かない矯正」として、ことさら強調しセールスポイントにしている場合がありますが、それは「抜かなくてもできる症例」であって、特別なものではありません。
言葉のトリックに騙されないように、注意しましょう。
その二つのうちの一つ目。
【症例1:歯を抜かない矯正】
16歳 女性
◎初診時口腔内写真、歯列の凸凹は比較的多いほうです。
◎マルチブラケット治療終了時
歯を抜かずに矯正治療しました。
特別なことではありません。診断の結果が非抜歯症例なだけです。
歯を抜かない矯正⇒歯を抜かなくてもできる矯正⇒歯を抜く必要のない矯正と理解して下さい。
二通りのうちの二つ目。
【症例2:歯を抜く矯正治療】
21歳 女性
初診時の横顔です。特徴的な横顔をしています。著しい上顎前突のため、唇は閉じずらいので普段は唇の隙間から前歯が見えています。閉じる時は、かなり努力して閉じることになるので、オトガイ部(顎の先)の皮膚は引っ張られてウメボシ状隆起(顎の先の皮膚の凸凹)が出現します。
不正咬合はバランスを欠いた時に発生します。骨格と歯の大きさや位置にアンバランスがある場合は、歯を抜いてバランスをととのえます。歯を抜かないで、この症例をどう治すというのでしょうか。
◎初診時口腔内写真
歯列の凸凹の量は、症例1のほうが多く、こちらはむしろ少ない。
◎マルチブラケット治療終了時
歯並びはきれいになりました。問題は顔ですが、どうなったでしょうか。
この症例は歯を抜く矯正⇒歯を抜かないとできない矯正⇒歯を抜く必要のある矯正です。
【頭部X線規格写真】
初診
治療後
レントゲン写真で前歯の違いが分かります。術後では大きく後退しています。
初診と術後の2枚のレントゲンを重ね合わせると、何がどう動いたか分かります。これはレントゲン写真にトレーシングペーパーを貼り、歯、骨、軟組織などを写し取って、検証出来ます。
【重ね合わせ図】
初診:実線 術後:点線
ひとつずつ見ていきます。
①上顎前歯の後退と圧下(※1)
②それに連動して上唇の後退
③下顎前歯の後退と圧下
④それに連動して下唇の後退
⑤オトガイ部(顎の先)の緊張の緩和
⑥横顔の改善
以上、6項目を一言でいうと、美人になりました。唇が楽に閉じられるようになり、オトガイ部の緊張は解消して皮膚は自然な丸みをおび、横顔が綺麗になりました。
さて、私もスペースの確保のため、前方拡大、側方拡大、臼歯の後方移動など行います。ただし、許容範囲の中にとどめます。ヒトの歯列(歯槽骨)の容量には限りがあるため、キャパシティーを超えて歯を移動させると咬合が破綻したり、歯槽骨が薄くなったり、ひどい時は骨が無くなり歯根が露出します。
本症例は顔貌の改善が必要であるため、抜歯は絶対条件です。私はボーダーラインの症例は非抜歯にしますが、抜歯症例を非抜歯にすることはありません。この症例を歯を抜かずに治療することは不可能であることは、ここまでの説明で十分でしょう。矯正治療には抜歯症例と非抜歯症例が存在するのです。
世の中にはいろんな人がいます。「非抜歯が善で、抜歯が悪」というイメージをつくり集客・集患する所もあるかもしれません。正しい診断が唯一の抜歯・非抜歯を決める指針です。先生に知識と良識と常識がない場合、診断も曖昧なものとなります。
言葉のトリックに騙されないように、患者さん自身も知識をもつ必要がある時代になってきました。
(※1)歯の移動方向を表す用語
圧下(あっか):根尖方向、歯を埋める方向のこと。
挺出(ていしゅつ):歯冠方向、歯が抜ける方向のこと。